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  • ブライアン・ダニエルソン ACEヘビー級王者選手権


    7月10日 ACE Pro Wrestling @エースアリーナ ニュージャージー州ユニオンシティ

    いまやヨーロッパや南米などのインディー団体などから引っ張りだこのブライアン・ダニエルソンが、ニュージャージーを拠点とするどインディー団体ACE Pro Wrestlingに出場。ACEヘビー級王者のダン・マフ、クリストファー・ダニエルズ、モ・セクストン、とのフォーウェイタイトルマッチに挑戦した。

    連日の猛暑に加えて、自動車修理工場の二階にある会場はクーラーが設置していないという悪条件の中、約100人弱のファンが駆けつけた。ヨーロッパの『ファイナル・カウントダウン』で入場したブライアン・ダニエルソンに、ファンから大量のネクタイが投げ込まれる。苦笑いで受け応えるブライアン。このネクタイでの歓迎はもうお決まり事のようだ。

    試合の方は、モ・セクストンとクリストファー・ダニエルズの対戦からスタート。常にブライアンを意識しながら技を繰り出すダニエルズ。誘いこむようにしてセクストンからブライアンへとタッチ。ねちっこいチェーンレスリングを展開するダニエルズとブライアンだったが、ダン・マフが入ってくると流れは一気に大味なアメリカンスタイルに。

    こうして見ると、初期のROHを盛り上げたクリストファー・ダニエルズ、ブライアン・ダニエルソン、ダン・マフの三人が、こうしてまた同じリングで戦っている。もうないだろと思っていてもまたどこかで繋がっていくところがプロレスの魅力でもある。プロレス界は「ネバー・セイ・ネバー」。広いようで狭いのかもしれない。

    得意の吊り天井を狙いにいくブライアンだったが、ダン・マフが重すぎて持ち上がらない。仕方ないという顔でダン・マフの太ももを勢いよく踏みつけると、こんどは首筋にエルボーバットの連打。モ・セクストンにタッチすると、ACEの社長が乱入してブライアンを襲撃する。場外でのびてしまったブライアン。どうやらチャンピオンのダン・マフと社長が裏で手を組んでいるようだ。

    最後はダン・マフがずるしていただき方式でモ・セクストンからピン。試合終了後に意識が戻ったブライアンが、モ・セクストンと共闘して社長に一発食らわすと、ファンは狂喜乱舞。投げ込まれたネクタイを締めて(しかもタイツの中にインして)それに応えるブライアン。満面の笑顔が印象的だった。

    正直、その場の雰囲気にあわせた戦いというか、半分コミック的な試合内容だったものの、ブライアンの動きは流石だった。コンディションも良さそうで、試合後にはファンと交流する場面も。戦いの場をまたインディーへと移したとしても、プロレスをとことんエンジョイしようという気持ちがすごく伝わってきた。7月23日のEVOLVE 4が楽しみになってきた。


  • Bryan Danielson

     

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    【名前】ブライアン・ダニエルソン 【生年月日】1981年5月22日 【出身地】ワシントン州アバディーン 【身長】173㎝ 【体重】83㎏ 【得意技】キャトルミューティレーション、雪崩式バックドロップ、ダイビングヘッドバット、ドラゴンスープレックス、ロメロ・スペシャル 【経歴、タイトル歴、エピソード等】 アマチュア時代にバックヤード・チャンピオンシップ・レスリング(BCW)のヘビー級王者だったことがある。プロになるため、ショーン・マイケルズ主宰(当初、ディーン・マレンコのレスリングスクールへの入門を希望していたがスクール閉鎖により断念)のサンアントニオ・レスリング・アカデミーに入門。1999年にテキサス・レスリング・アカデミー(TWA)でプロデビュー。同年12月、FMWにマスクマンのアメリカン・ドラゴンとして同じアカデミーの練習生だったランス・ケイドと共に初来日。2000年スパンキーとのタッグでTWAタッグチームタイトルを獲得。テネシー州のメンフィス・チャンピオンシップ・レスリングでもスパンキーと組んでタッグチャンピオンに就く。その後、新日本プロレスのロス道場へ入門。2002年には新日本プロレスへ初参戦。2004年カレーマンとタッグを組み、IWGPジュニアタッグ王座を獲得。又、WWEとデベロップメンタル契約をむすび、ベロシティやヒートなどのテーピングマッチでジョバーも務めていた。

    ROHには2000年2月22日の旗揚げから参戦。ロウ・キーとクリストファー・ダニエルズとのスリーウェイマッチはROH名勝負としていまでも語りぐさになっている。旗揚げ戦から数々の名勝負を量産してきたにもかかわらず、ベルト奪取には縁がなかったブライアン・ダニエルソンだったが、2005年9月17日のニューヨーク大会でジェームス・ギブソンを破り念願の第7代ROHヘビー級王者に就く。翌年の12月ホミサイドにタイトルを奪われるまで38回のタイトル防衛を果たし、サモア・ジョーの持つ防衛記録(29回)を抜く。2006年からバイソン・スミスやエディ・エドワーズと組みNOAHに参戦。2006年1月から11月までフル・インパクト・プロ(FIP)の世界ヘビー級王者に就く。翌年の3月にROHへ復帰。

    ROH復帰後も、森嶋猛、KENTA、ナイジェル・マッギネス、オースティン・エリーズなどと名勝負を繰り広げ、3月のプロレスリング・ゲリラ(PWG)ではCIMAと30分ドローの好勝負を展開。2008年にはWWEのダークマッチに出場。同門のランス・ケイドに勝利している。大の犬好き。入場曲はヨーロッパの『ザ・ファイナル・カウントダウン』

    【文・ジュードーチョップ aka Yama-chan】