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  • ケニー・オメガからのメール / email from Kenny Omega

     

    数日前のこと、現JAPWヘビー級チャンピオンであり波動拳の使い手でもあるケニー・オメガから一通のメールが届いた。開けてみると動画ファイルが添付されており、さらにメール内容を簡単に要約すると、「日本では飯伏幸太が『路上の王』を名乗っているらしいが、北米の路上の王はこの俺だ。俺はコンクリートの上でもマクドナルドでもどこででも戦う。証拠にこのエニウェアマッチの動画を添付した。日本のプロレスファンにも見てもらいたい。ズバリ飯伏幸太に挑戦したい。」という狂った内容のものだった。

    以前にもケニー・オメガのインタビューやレビューなどを掲載している関係上、これは避けて通れない話しであり、どう考えても面白くならないはずがないと勝手に判断し、マンハッタンドロップのアカウントでその添付動画ファイルをユーチューブにアップロードしてみました。

    それがコレです↓
    Kenny Omega IS the champion of anywhere match

    [youtube:http://jp.youtube.com/watch?v=2XJF7huzUis]

    一言でいってしまうと、クレイジーだなと。見たまんまですが、これを一つの試合として見たときに、その完成度は無駄に高いところがまた憎いというか、ただ単にクレイジーってだけじゃない。これはそう、あの、中嶋くんをパートナーに今年もノアのタッグトーナメントに出場すると発表したかと思ったら、メイド服を普通にコスプレしてしまうあの人とおなじ匂いがする。プンプンする。日本とカナダ、場所は違えど居るところには居るもんだな、原石が、と思った次第。

    さて、飯伏幸太との対戦を要求しているケニー・オメガの野望は果たして叶うのか。情報が入りしだい追ってお伝えします。

    ケニー・オメガへのインタビューはこちら↓
    http://www.m-drop.com/archives/166

    ケニー・オメガのレスラー名鑑はこちら↓
    http://www.m-drop.com/archives/168

    そして遂に「新宿御苑で働く社長レスラーのblog」でも取り上げられるという事態へと急展開↓
    http://blog.livedoor.jp/t346/archives/52080624.html

     

    We received an email from Kenny Omega a few days ago. In the mail, he said “I heard Kota Ibushi is now called “king of off-ring match” in Japan. However, I am a king of off-ring match here in North America. I can wrestle anywhere even on concrete roads or McDonald’s. Here I send you my video for the proof that I AM the king so I want Japanese fans to watch it. Now I claim a match against Ibushi!”

    We, Manhattan Drop, are huge mark on him as well as Ibushi (we toured with him when he came for ROH back in April), so we were very excited to have the video and uploaded onto our youtube account. Now Ibushi’s promotion, DDT, watched the video and considering his request. We have to wait and see what happens next – we’ll let you know any updates!

    【文・ジュードーチョップ aka Yama-chan】

  • Kenny Omega



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    【名前】ケニー・オメガ 【生年月日】1983年 【出身地】カナダ マニトバ州ウィニペグ 【身長】180 cm 【体重】90 kg 【得意技】波動拳、トニー・ジャー・ニーキック 【経歴、タイトル歴、エピソード等】 プロレスビデオなどを参考に独学でトレーニングを積む。2000年2月にプロデビュー。カナダのPWC(Premier Championship Wrestling)に定期参戦。2003年にPWCヘビー級チャンピオンになる。2006年からはWWE傘下だったころのDSW(Deep South Wrestling)に参戦。同年9月に自らの申し立てによりDSWを退団しPWCへ戻る。その後は東海岸エリアのインディー団体PWS(Pro Wrestling Syndicate)や、JAPW(Jersey All Pro Wrestling)にも参戦。2008年3月にロウキーをサブミッションで破りJAPWヘビー級チャンピオンになる。柔術の経験があり、テレビ番組『パワーレンジャー』が好きである。その他にも『SASUKE』の長野誠をマイヒーローと呼び大の日本好き。趣味はゲームで、『メタルギアソリッド』シリーズのなかでも『メタルギアソリッド3』が最高傑作であると主張して譲らないオタク気質な面も兼ね備えている。目標とする選手は飯伏幸太。   【文・ジュードーチョップ aka Yama-chan】

     

    Kenny Omega Highlight Video

    [youtube:http://jp.youtube.com/watch?v=K4GS9p06V4Y]

  • ケニー・オメガ インタビュー/Kenny Omega Interview

     

    2008年5月31日 JAPWニュージャージー大会

    試合を観る度に、気になる度がグングン上昇するケニー・オメガ。彼のことをもっと知りたい!気になって夜も眠れない!そんなわけでマンハッタン・ドロップ名物(?!)突撃インタビューです。まずは何も考えず、このインタビューを読むべし!

     

    ――初めまして。プロレスとは関係ない話で恐縮ですが、気になることがあるのでまず質問させてください。マイスペースによるとかなりのテレビゲームファンだそうですが?

    (ケニー・オメガ) オー、イエス!!僕の人生にはどうしても外せない物が2つあるんだ。1つはもちろんレスリングで、もう一つはテレビゲーム(笑)例えば落ち込んだ時に良い試合を見れば気分が良くなるし、面白いゲームをすればハッピーになるんだよ。

    ――なるほど。ハードは何が好みですか?任天堂派?プレステ派?

    (オメガ) 難しい質問だね(笑)でも強いてあげるならプレステかな。だって日本のゲームがいっぱい出てるからね。それに任天堂はどちらかと言えば子供向けのゲームが多いけど、プレステは完成度の高いゲームが多いと思うんだ。例えば、真女神転生なんて最高だよ。メガテン、アイシテルー!

    ――もしかして日本語話せますか?

    (オメガ) スコシ。最近日本語の勉強始めたばかりなんだ。ワタシハ、ガクセイデス。

    ――またマイスペースには、長野誠(サスケオールスターズ)がヒーローとも書いてありますけど、なぜ?(北米では、『サスケ』が『ニンジャ・ウォリアー』という名前で放送され、一部のマニアから熱狂的な支持を得ているのです)

    (オメガ) 彼はとっても素晴らしいよ!!カナダでは、有名なアスリートと言えば、たいていアイスホッケーの選手なんだ。僕もホッケーをやっていたからわかるけど、ホッケー選手は総合的に見て完璧なアスリートではないと思う。でも、長野誠はどこからどう見ても完璧なアスリートなんだよ!もう人間ってレベルじゃないね。精巧なロボットだよ。サスケで完全制覇した時のスピーチがこれまた感動的でさー、えーっとね、確か「これまでの努力があるから、今ここに辿り着くことができた」って言ったんだ。僕にはその気持ちが良くわかるよ。だって、この言葉ってそっくりそのままプロレスに当てはまると思わない?ほとんどギャラも貰えない試合のためにも一生懸命練習をするし、僕なんてカナダに住んでるから、移動だけでも一日12時間とかになるんだ。で、試合をして、ギャラを貰って、またカナダに帰る。定職もないしお金も十分とは言えないけど、僕のことを応援してくれる人がいる限り精一杯努力しようと思ってるんだ。これもさ、今だけのためにやっているんじゃなくて、こうやって努力していけばいつかこの努力が報われると思ってるからこそなんだよ。別に僕は優等生でもなかったし、大学にも行かなかったけど、心の中にはいつだってレスリングがあるんだ。だから一生懸命努力をしていってファンが僕のことを認めてくれた時に、自分の選んだ道は正しかったって言えると思うんだ。

    ――なるほど。ではプロレス歴はどれくらいですか?

    (オメガ) 8年だね。でも僕の地元のウィニペグでは、プロレスはあまり盛んじゃないんだ。だから成功するためには、こうやってアメリカまで来て試合をするしかないんだよ。でもアメリカではなかなか良い試合を組んでもらうことができて、本当にラッキーだと思ってる。ここアメリカでは、僕のスタイルを評価してもらえるからね。

    ――日本で試合はしてみたいですか?

    (オメガ) もし日本で試合をすることができたら、レスリングを始めてからの目標を達成したことになるよ。僕がプロレスを始めた時に比べて、プロレスのスタイルはかなり変わったと思うんだ。今はもっとストーリー中心になっていて、ファイティングスピリットを感じさせるものではないでしょ?でも日本のプロレスは違う。もっと深いものなんだ。僕はそのスタイルをウィニペグに広めようとしたんだけど、誰も理解を示してくれなかった。でもここではそのスタイルが好まれる。例えばロウ・キーなんてジャパニーズスタイルだし、デイヴィー・リチャーズもジャパニーズスタイル。カナダではこのスタイルは好まれないんだ。でも僕はできる限りこのスタイルでやっていこうと考えてるよ。ファンが応援してくれる限りね。

    ――またマイスペースの話になりますが、美濃輪育久がヒーローとも書いてありました。パンクラスなども観るのですか?

    (オメガ) いつだったかな?何の知識もなくUWFの試合を観たんだ。一番初めに見たのは高田の試合で、これはずごい、と。プロレスはショーだけど、リアルである必要があると咄嗟に感じたね。そこで、僕は柔術を習ったんだ。僕はカナダの柔術の大会で優勝もしてるんだよ。だから僕はプロレスラーであると同時に、柔術家でもあるんだ。良いプロレスラーであるためには、良いファイターである必要がある。僕はそう思ってるよ。

    ――プロとしてMMAの試合に出たことは?

    (オメガ) 一回だけね。僕の本当の階級は170ポンド(77キロ)なんだ。でもプロレスでは、それだと小さすぎるんだよね。だからプロレス的に見栄えのする体で柔術をやろうとしたら難しいんだ。今の体重は200ポンド位(90キロ)なんだけど、この体重で柔術の試合に出るとしたら対戦相手はとてつもなく大きい人ばかりでしょ?そんな大男達と試合をするのは無理!(笑)だからプロレスか柔術かどっちを取るかを考えないといけないんだ。もちろん総合格闘家として生きるのも良いんだけど、今僕は最後の望みに賭けてこうやってアメリカにやってきてるんだ。プロレスラーとして成功するためにね。もちろん今でも柔術の練習をするのは楽しいし、トレーニングは続けてるよ。将来的には柔術に戻るかもしれないけど、今はとにかくプロレスさ!

    ――プロレスは誰に師事していましたか?

    (オメガ) うーん…。実際のところ、ウィニペグには良いトレーナーはいないんだ。で、僕のしたことは、とにかくビデオを見た。そこから色々学んだんだ。だから独学って言えばいいのかな?何度もビデオを見て、「こうかな?いやちょっと大きすぎる」、でまた巻き戻して見て、「じゃあこうかな?なんか違うな」って何度も練習するんだ。そうやって何度も試行錯誤して練習してたこともあって、ここまで来るのに8年掛かったんだよね。

    ――ではレスリングスクールには全く行っていないのですか?

    (オメガ) いや、行ったことは行ったんだよ。でも特に良いコーチがいるわけじゃない、ただの街のレスリングスクールで、何の経験もない人が教えるような所だよ。だから自分で色々と学んでいくしかなかったんだ。例えばアメリカで練習しようとしたら、今日も試合に出てるホミサイドとかジェイ・リーサルに教わることができるでしょ?でもウィニペグではそういった人に教わることはできないんだ。スターになるためには、スターに教わらないと。それが無理ならスターと多く対戦をして、彼らから色々と学ばないとね。僕の一番最初のビッグマッチは、ピーティー・ウィリアムスとのXディビジョン王座戦だったんだ。その次がクリス・セイビン。そういう人達からちょっとづつ何かを学んだり、盗んでいったりして色々と覚えていったんだよ。その次にはWWEと契約をして、そこでは本当に色んなことを教わった(ディープサウスレスリングで練習していた模様)。その後一旦プロレスを離れてMMAに行ったんだ。で、次にAJスタイルズと試合をした。AJと試合をするというのは本当に夢みたいなことだったんだ。AJと試合をしたことで、僕にとってレスリングはこんなにも重要なことだったんだ!って気がついて、こうやって今アメリカで試合をしているというわけさ!

    ――そういえば、今日の試合の最後にカメハメ波を出していましたよね?

    (オメガ) あー、あれはカメハメ波じゃなくて、波動拳(笑)でも斬空波動拳かもしれないし、電刃波動拳かもしれない(笑)

    ――えっ?あれは波動拳なんだ?(笑)日本人レスラーの中には、カメハメ波を使う人がいるのは知っていますか?

    (オメガ) 知ってるよ!でも僕のは波動拳(笑)

    ――日本のプロレスにも詳しそうですね。日本人レスラーの中では誰が好きですか?

    (オメガ) そうだなー。今一番好きなのは…(しばし考える)コータ・イブシ!

    ――本当に?!飯伏選手は私達にとっても特別なレスラーなんですよ。4月にROHに出た時には密着取材をしたんです。

    (オメガ) 本当?彼はインディー団体所属だよね?まだ若くて、すごく練習熱心で、格好も良くて、蹴りも鋭くて、とにかくグレートレスラーだと思う。小さな団体に所属しながらも、努力を続けて行って、その結果こうやってブレイクしてライジングスターになったでしょ?その環境が僕と似ているから、僕もコータを目標にして頑張ってるんだ。僕もコータになりたいよ!!是非彼とは試合をしてみたいなぁ。あとはね、石森も気に入ってる。彼は以前、セーラーボーイズで歌ってたでしょ。(突然歌いだす)君とFly Away~♪あれ良いよ!最高!またやってくれないかな…。でも今の彼はシリアスだから無理かな?

    ――いや、本当に詳しいですね(笑)では好きなゲームは?

    (オメガ) うーん、難しい質問だなぁ。メガテンも好きだけど…。そうだな、メタルギアソリッド3!

    ――もうすぐ4出ますよね?

    (オメガ) うん、でも4が出てもメタルギアの最高傑作は3だよ。僕にはわかる(笑)あ、ところでこれどうぞ(と言って、ポートレートを頂きました)

    ――(ポートレートに『頭文字Ω』の文字を発見して)おおー『頭文字D』(笑)日本のアニメも好きなのですか?

    (オメガ) うん、大好き!『頭文字D』も好きだけど、一番好きなのは、『はじめの一歩』。知ってる?あれ最高だよ!!

    ――私達も長年プロレスを観ていますが、あなたは本当に素晴らしいレスラーだと思います。マンハッタンドロップでは総力を挙げて、あなたを応援しますよ!

    (オメガ) ありがとう!そう言ってもらえて本当に嬉しいよ。こういった機会を与えてくれてドウモアリガトウ!

    2008_06010037.jpg

    いかがでしょうか?本人もインタビュー中に言っていますが、最近やっとチャンスを掴みかけて急上昇のレスラーです。近年稀に見るかなりの好青年、プロレスに掛ける情熱は半端じゃない、武道(柔術)の心得あり、練習はほとんど一人で、と本当に飯伏選手に似ています。ということで、カナダのトンパチ王子ことケニー・オメガ、これから絶対にブレイク必至ですのでぜひご注目を!もちろん今後の動向はマンハッタンドロップで追っていきますので、要チェックです。

    【文・Shiori】

  • 飯伏ROHツアー編集後記 / Our thoughts on Ibushi ROH tour

     

    管理人の私が言うのも何だが、気がつけばこのブログ内容がネクロ・ブッチャーと飯伏という外見的には似ても似つかない二人だけの特集ブログみたいになっている。外見こそ対照的だが、レスラーの魅力としては共通するものがある、と思う。それは、「ネクロなら、または飯伏なら、これから何か凄いことをしてくれるんじゃないのか」という期待度の高さに他ならない。もっと言うと、プロレス以外でもワクワクさせてくれる何かを持っているという点において、いまのところこの二人はズバ抜けている。ワックワクなのである。

    とくに飯伏幸太というレスラーの魅力にやられっぱなしで、小学生のころジャッキー・チェンに狂っていた勢いに近いものがある。ジャッキーがやることは全て肯定みたいなやられっぷり。ぶっちゃけ自分でもどうかしていると思う。週プロのコラムを読んでも分かるように、飯伏独特のホンワカとした何とも言えない脱力な魅力というのも、実際に会って話してみると破壊力が倍増する。もうワックワクのフッニャフニャ。本当にプロレスが好きで好きでしょうがなくて、小学生時代に朝礼台からフェニックススプラッシュをやって肋を折ったり(しかも二回)、高校時代にラグビーをしていたのもプロレスラーになるため、新空手やキックをやっていたのもプロレスラーになるため、というその全てにおいてブレがない。キャッチフレーズ的な意味でではなくて、本当にプロレスをするために生まれてきたんだなあと。

    で、高木三四郎大社長の『俺たち文化系プロレス DDT』にも書かれているように、新人の試合ではタブーとされている飛び技を連発する試合を、その技をしっかりとした形でできるのであれば隠す必要なんてないと容認してしまう高木三四郎の懐の深さが半端ないと思った。いまの飯伏はDDT所属だからこそ在るというか、究極の放任主義というか、とにかく高木三四郎がいなければ飯伏幸太はプロレスのゴールデンスターという星のしたに生まれてきたのにもかかわらず、プロレスラーになっていなかったかもしれない。

    今回、飯伏のROH参戦に帯同させてもらって感じたことは、飯伏のすごさ以上に高木三四郎のすごさだった。いや、言い過ぎじゃなく本当に。   【文・ジュードーチョップ】

     

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  • 飯伏幸太 インタビュー / Kota Ibushi Interview


    とうとう現実となった飯伏選手のROH参戦。予定されていた4戦は無事終了し、生で観戦したファンは想像以上の凄さに度肝を抜かれた模様です。ROHの公式掲示板でも賞賛の言葉がずら~りと…。今回、到着時より密着取材を続けていたManhattan Dropですが、前半の2連戦を終えたところで飯伏選手にインタビューを行いました。

    ――まずは2連戦お疲れさまでした。すごく盛り上がりましたね!さて今回はROHからオファーがあってアメリカデビューが実現したかと思いますが、そもそもアメリカに来たいと思ったきっかけは何でしょうか?

    (飯伏選手/以下飯伏)  「ちょうど一年位前に友達からインターネットでアメリカの試合を見せてもらったんです。今考えると、多分PWGだったと思うんですけど。それを見て、凄いと思ったんです。」

    ――その時のカードは覚えています?

    (飯伏)  「うーん、多分パック対エル・ジェネリコだったような。あとROHは知っていたけど、選手のことまでそんなに詳しく知らなかったんです。その後ノアに出てROHの選手と対戦した時に、これは凄いなと。そこで海外に出て試合をしてみたいと思ったんです。」

    ――そして今回アメリカに来ることになって、やってみたいと思ったことは?

    (飯伏)  「奇行を何か(笑)」

    ――では実際に1試合目が始まる前の心境はどうでしたか?こちらに到着した時から、あまり実感がないとは言っていましたが?

    (飯伏)  「いや、デビュー戦以上の緊張でした。でもそのお陰で集中力は出ましたよ。もうとにかく気合いが入ったんです。でもその気合いも8333%のおかげですけど(笑)」

    ――あー、あれですね。ドラッグストアで買った、栄養成分表の数値がおかしいドリンク(笑)

    (飯伏)  「そうです。試合の始まる2時間前に飲んだんです。」

    ――で、効果が出てきたのは?

    (飯伏)  「試合が終わって1時間後位かな?」

    ――ええっ!?ちょっと遅いですよ(笑) では、入場曲が流れてきた時にはどのように感じましたか?

    (飯伏)  「ついに来たな、と。」

    ――実際、お客さんからの声援も多く紙テープも投げられていましたが、お客さんの反応はどう思いましたか?

    (飯伏)  「おおー!と思いました。お客さんの反応はちゃんとわかりましたよ。とにかくアメリカのお客さんはノリが良いですねー。あと、見たままの感想がそのままストレートに来る。凄い技になるほど歓声もすごいじゃないですか?それに合わせて自分もどんどん乗ることができました。何かやれば盛り上がるし、あの声援はかなり大きかったと思います。」

    ――1試合目が終わった後に一言「面白かった」という言葉を頂きましたが、具体的にどんな部分が?

    (飯伏)  「お客さんの反応ですね。とにかくやったことがそのままお客さんの反応で返ってくるのが面白かったです。」

    ――まだ2戦しかしていないので難しいかと思いますが、ROHの選手はどうですか?

    (飯伏)  「体、スピード、パワー、全てが違うんですよ。色んな意味でとにかく衝撃を受けました。まず当たりがすごく強い。じゃあ力が凄いだけなのかと言うと、それだけじゃなくてスピードも全然違うんです。すごくプロレスだなって思いました。」

    ――先日も少し説明してもらいましたけど、飯伏選手の考えるプロレスとプロレスリングについての違いを教えて下さい。

    (飯伏)  「僕の中では、わかりやすく言うとプロレスというのはすごく痛いもの。例えば技を受けた時に表情を全く変えなくても、みんなが今のは痛いとわかるとか、とてもアスリート的なものがプロレスなんです。ROHはこの要素がすごく強いですね。逆にプロレスリングというのはもっとエンターテイメント性が強いんです。だからプロレスリングの最高峰がWWEなら、プロレスの最高峰はROHかな、と。まあそんなに単純に分けられるわけではなく難しいんですけど。」

    ――その理論で言うと、DDTはプロレスリングになりますよね?

    (飯伏)  「そうですね。DDTは色んな選手がいて、例えば中澤原マイケルならネタ中心で盛り上げていきますよね。でも僕はその中でプロレスをする役割なんです。プロレスリングの中でプロレスをやっているから逆に目立つことができて、色々とオファーを貰ったりしてると思うんです。だからこそ僕はDDTを選んだんですよ。あとは奇行ができるからというのも理由ですけど。」

    ――奇行と言えば、昨日アメリカのコミケ会場で行われていたライブ中にステージ上でプロレスを始めましたよね?しかも場所がカフェテリアということで、地面は非常に硬い床。観客もコミケかライブ目当てのお客さんでした。はっきり言って全くプロレスをやる環境ではなかったと思うのですが、これも奇行と言って良いでしょうか?

    (飯伏)  「僕の中では奇行だと思っていないんですよ。非現実的な場所で試合をするということが、すごく良いんです。」

    ――アメリカで、非現実的な状況でのプロレスとなるとバックヤードレスリングだと思いますが、それとは同じですか?

    (飯伏)  「いや、バックヤードと一緒ではないです。」

    ――私もバックヤードの根本にあるのは「プロレスへの憧れ」であって、「プロレス」ではないと思います。

    (飯伏)  「そうです。例えば高い所から落ちてもそれはプロレスじゃないんです。それはただ高い所から落ちたというだけのことなんです。僕は公園でプロレスをやりたいってよく言ってるんですけど、今の目標としては公園でめちゃくちゃ良い試合をしたい、と。例えば今回のデイヴィー・リチャーズ戦レベルの試合を公園でやるんです。リング上ではラリアットを受けた時に、一回転して受け身取ったりしますよね?非現実の状況でも同じ技、同じ受けをしないといけないんです。それをマットの上ではないからと言ってしないのはおかしい。下がコンクリートでも同じことをするのが凄いんです。コンクリートに頭から突き刺さるのが凄いわけではなくて、コンクリートでも同じことをするのが凄い。非現実の状況で最高のプロレスをする、ということが凄いわけです。」

    ――海でやりたいというのも同じ理由ですか?

    (飯伏)  「海の場合は、僕が小6の時に鹿児島の海に道場を作ったんです。大きな木が流れてきたらそれを拾って砂場に立ててたんですね。1メートルとか深く掘ってしっかり立てたんで、4本立てるのに3ヶ月位かかったんですよ。その後は自転車のチューブを全部で120本位手に入れたんです。まずチューブを5本位一列に繋げて、それを今度は5本組にしてロープにしたわけです。でもそれは4面全部ではなくて対面上の2面だけ。そんなにチューブが集まらなかったので。他の2面はとらロープなんかで作りました。その道場には20人位の友達が来てたんですけど、全員がプロレスの練習をするわけではなくて、『飯伏が何かやるはずだ』と期待して来ていたのも多かったんです。結局この砂浜リングは6年半くらい撤去されなかったんです。まあこういう思い出もあって海で試合をやりたいな、と。」

    ――その頃はどういう練習をしていたのですか?

    (飯伏)  「今思うと、この頃からプロレスを好きになりすぎていったんですね。だから技的に言えば、どんどん過激になりすぎていったと思います。例えば小6でフェニックス(スプラッシュ)をやってたんですけど、朝礼台の上からフェニックスやって、(左脇を指しながら)ここの肋骨全部折ったんですよ。しかも2回。ちなみにその2回目は映像もあります!あとみんなもやったと思うけど、体育のマットを使って練習もしました。でも学校の体育館は休みの日には開いてないんで…。そこで座布団を集めてガムテープで繋げて自分の部屋に置いたんです。そこで毎日とにかく受け身の練習をしました。毎日一人で受け身を取って汗だく。それを続けていたら、2年で部屋の床が抜けました(笑)」

    ――それは凄い!(笑)飯伏選手は確かお兄さんがいらっしゃるんですよね?お兄さんも一緒にプロレスの練習をしていたんですか?

    (飯伏)  「初めは一緒にやっていたんですけど、中学に入った時点で脱落しちゃったんです。で、300円やるからドラゴンスープレックス5回やらせろ→イヤダ、3回だ→イヤダ、5回、みたいなやりとりがあって、そのうち無理矢理反撃されるんです。そうするとこっちも無理矢理反撃して、それが続いて結局喧嘩になるわけです。」

    ――その頃憧れていた選手はいますか?

    (飯伏)  「いや、その頃既に他の選手は敵だと思っていたのでそういうのは特に…。」

    ――では動きを真似していた選手などは?

    (飯伏)  「ああ、それならサスケ選手ですね」

    ――ではまだ滞在して間もないですが、アメリカに来て何か感じたことはありますか?

    (飯伏)  「気持ちが変わりました(キッパリ)。今までにも一度こういう感覚になったことがあるんです。試合をして『あー、全然ダメだ!』って落ち込んで、それでなんとかついていこうと頑張って続けて、そして最後に大爆発!みたいな。その時の経験はすごく自信になったんです。でもそういう気持ちを維持するのはすごく難しいんですよね。今回ROHで試合をして、今までは実は気合いが入っていなかったんじゃないかって感じたんです。デイヴィーとクローディオと激しいプロレスをやって、『あー!忘れてた!!』って感じで目が覚めたんです。デイヴィーに関していえば、僕の方が身長はあるんですけど、とにかく当たりも強いし頑丈なんです。スピードもあるし。クローディオはとにかく背が高くてすごく良い体をしていて、技の一発の重さが全然違うんですよ。もう非常に重い。それで頑張らないとダメだ、上には上がいるって気が付きました。」

    ――なんと頼もしいお言葉!!ではROHという団体についてはどう思いますか?

    (ここで中澤原マイケル氏登場)  「だれてる感じが全くないんですよ。アスリートって感じですね。」
    (飯伏)  「ここにいる一人一人の能力が全く違うんです。とにかく能力が凄い。あと全てにおいてアスリートですね。」

    2008_04140013.jpg

    ――では、飯伏選手がそういう人達を超えるためには何が必要ですか?

    (飯伏)  「よく外人と日本人は作りが違うと言われてると思うんですけど、僕は一緒だと思ってるんですね。日本人だからとかではなくて、対等にできないとおかしい。日本人の方が下だというのは嫌なんです。だから日本人でも対抗出来るという部分を見せたいと思います。体格が違うというのは、対抗できないという理由ではないと思うので。そのためにも秘密基地で特訓です!」

    ――その舞台としては、ROHは格好の場なので是非とも頑張って欲しいですね。では最後に次にアメリカに来る時の目標を教えて下さい。

    (飯伏)  「まずは負けずに対抗できるように頑張ります。そのためには『プロレス』の練習をもっとしっかりしなきゃいけないし、あといわゆる『奇行』の方もしっかりやらないとダメですね!」


    このインタビューの後は、デトロイトでオースティン・エリーズと組んでブリスコ兄弟と対戦、そして最終戦ではエル・ジェネリコ選手とシングルで対戦し、会場を熱狂の渦に巻き込んだ飯伏選手。今のままでも十分凄いのに、更なる進化を宣言するとは恐るべし。そのような向上心があるからこそプロレスラー、飯伏幸太が誕生したと気付かせてくれたインタビューでした。今回飯伏選手の試合を観戦したファン達が、既に次回ROH参戦を願っています。YOU ARE AWESOME! PLEASE COME BACK!!   【文・Shiori】