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サミ・キャリハン インタビュー


ここ最近、観に行く試合のほとんどにブッキングされているサミ・キャリハン。とにかく今が旬の選手であることには間違いはない。が!ただの旬の選手ではなく、見るごとに試合内容がどんどん良くなっているまさに成長株の筆頭なのです。そんな良い選手をマンハッタン・ドロップが見逃すはずはない!というわけで、早速インタビュー開始。

――プロレス歴は何年になりますか?

2006年1月からトレーニングを開始して、その年の3月にデビューしたんだ。

――え?!そんなに短期間でデビューしたのですか?

幸運にも、と言っても良いのかわからないけど、すぐにデビューできるプログラムでトレーニングしたおかげで、早くデビューできたんだ。

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――誰に師事したのですか?

最初に教わったのはシャークボーイ。それからオハイオのハートランド・レスリング・アソシエーションでレス・サッチャーとコディ・ホークに習った。あとタッグパートナーでもあったジョン・モクスリーにも色々と教わったよ。ジョンとは、俺がプロレスを始めた時からの付き合いなんだ。

――しかしシャークボーイというのは意外です。なぜシャークボーイを選んだのですか?

シャークボーイは初心者向けのプロレスコースを開催してるんだ。週3回の2ヶ月コースで、とにかく基礎をみっちり教え込む。値段は$500だったかな。俺はまだ大学生だったんだけど、クラスメートにプロレス習いに行こうぜ、って誘われたんだ。それで週に3回、片道3時間かけてシンシナティまで車で通った。あの頃はとにかくトレーニングのためなら!って無我夢中だったね。

――ところであなたはCZWにも上がっていることから、デスマッチレスラーと思われる事も多いかと思いますが、本来はどのようなレスリングスタイルなのですか?

よくデスマッチファイターだと思われるんだけど、それは本当に大きな間違い。今までのキャリアの中で、多分15回しかデスマッチをやったことがないと思う。ところが一番最初にCZWに行った時に、その時はスポット参戦だったんだけど、こんなに注目されてる団体なら何でもやります!という気分になっちゃって、デスマッチをやることになったんだ。でも去年の12月のケージ・オブ・デスでダニー・ハボックとデスマッチをやった時に背中を怪我して(と言いながら、すごい傷跡を見せる)もう潮時かな、と。肘にもガラスが入ったままだしね。ただデスマッチも楽しかったよ。デスマッチに嫌な思い出は全くない。だけどもっとレスリングに専念した方が俺自身の良さが生かせると思えるんだ。例えば今はハイフライヤーで跳んだり跳ねたりっていうのが流行ってるけど、それは俺のスタイルじゃない。もっとハードヒットで、技の一発で相手にダメージを与えて、関節技でタップアウトを取ったりKOしたりする、そういうのが俺のスタイルなんだ。

――確かにあなたのスタイルは、デスマッチではなくストロングスタイルだと思います。ではどういうプロレスラーに影響を受けていますか?

スタン・ハンセンとベイダーだね。友達がホーガンと言ってる中で、断固ベイダー支持だったよ!大きなレスラーが容赦なく叩き潰すあのスタイルがたまらなく好きなんだ。彼らは技術的にすごい技を出すわけでもないけど、一発一発に破壊力があって、とにかく説得力があるよね?それにあの存在感は凄い。そんなベイダーとハンセンのように、存在しているだけで恐怖を与えるようなレスラーを目指してるんだ。相手のレスラーだけじゃなく、リングの下にいるセコンドもビビってるでしょ?試合が終わって控え室に戻る時も大暴れして、会場にいる全員を怯えさせるって凄いことだよ。リング上だけを見て、プロレスの技術だけに注目をしてレスラーを評価する人が多いと思うけど、リングを下りてもリング上と同じ存在感を出せるのは本当に凄いことだと思う。俺は控え室を出てからリングでプロレスをし、そしてまた控え室に戻るまでの全ての動きや行動に注目してるんだ。その全てを引っくるめてこそプロレスラーを評価できると思う。そういう意味でもハンセンは最高のレスラーだと思うんだ。

――なるほど。ところで変な質問かもしれませんが、日本の鶴見五郎というレスラーはご存知ですか?

うーん、知らないなあ。どうして?

――実は、あなたのそのタイツが鶴見五郎のタイツにそっくりなんです。その形のタイツは珍しいですよね?

ああ、このタイツ?俺がもう一人すごく影響を受けたレスラーはタズなんだ。タズに影響を受けてこのタイツを履いてるんだよ。タズも俺のように体はそんなに大きくないけど、当たりも強いし、大きなスープレックスで相手を翻弄するでしょ?今までにトランクスタイプのタイツを履いていたこともあったけど、皆が履いてるからやめたんだ。他の人と同じじゃ意味がない。

――確かに最近はショートタイツにレガースという格好をしている人が多いですよね。

そう。タイツじゃなけなくて、プロレスのスタイルもそうだよ。今流行の大技をどんどん出して行くスタイルも別に嫌いではないけど、でもそれは僕のスタイルじゃない。技を出しまくるわけじゃなく、一つ一つの技に説得力のあるレスラーが俺の目指すものなんだ。俺は本当にオールドスクールタイプのレスラーが好きでさ。一目見てサミ・キャリハンだとわかる特徴のあるレスラーになりたいんだ。俺には俺のスタイルがある。技の一つにしても誰かの真似をするのではなく、俺自身の技を使いたい。誰かの真似をしたギミックも使いたくない。俺はプロフェッショナルのレスラーだから他の人の真似や流行っていることをするのではなく、サミ・キャリハンというレスラーをもっと磨き上げていきたいと思っている。だからトレーニングをする時も、リング上でも常に100%の力を出して、100%のサミ・キャリハンを出そうと努力している。ベイダーや日本にいた時のスコット・ノートン、それにスタン・ハンセンみたいな存在感のあるレスラーになりたいんだ。スタン・ハンセンが客席を練り歩くと皆が逃げ回るでしょ?ロープを持って、椅子を蹴散らしながら歩き回るだけで、そこにいる全員が本気で逃げまわるんだよ?凄いと思わない?俺もああいう風に怖がってもらえたらと思うよ。サミが来た!ってだけで、そこにいる全員が震え上がって、観客の全員が俺に注目したら最高だと思う。

――ところであなたはベビーフェイスですか?それともヒール?

どちらでもない。俺はサミ・キャリハンであって、ベビーでもヒールでもない。サミ・キャリハンというレスラーとして全力で試合をしてるだけだよ。今はだいたいベビーかヒールに分かれちゃってるけど、どちらでもない存在がユニークな一面として、珍しく思われてるんじゃないかな?

――最後に日本のファンにメッセージをお願いします。

5年後のサミ・キャリハンを見て欲しい。プロレスが俺の人生だから、毎日しっかりとトレーニングをしてプロレスのための生活をしている。こうやって努力をすれば、きっと実を結ぶと信じてるよ。それにいつかは日本へも行きたい。まだまだ力不足なのはわかってるけど、5年後にはきっと皆に評価してもらえる存在になっていることを約束するよ。


この翌日、インタビューのお礼にと言って鶴見五郎の試合映像を教えたところ、「ゴローの試合見たけど、最高だよ!」との返事が返ってきた。プロレスラーなんだからプロレスができて当たり前。それ以上のプロレスラーとしての存在感が必要なんだと熱く語るサミには、どうやら80年代の鶴見五郎のスタイルはドンピシャだったらしい。とにかくハートの熱い男で、常に努力をしている様子は、試合を見る毎に良くなっていることからも判断できる。5年後とは言わずに、2年後3年後にはトップに登りつめていくのでは?と思わせる説得力を持つ男。唯一無二のレスラーになれるように、ぜひ頑張ってもらいたい!



【文:Shiori】


マット・クラシック インタビュー


――いきなりですがおいくつでしょうか?

知らん。とにかく長く生きてきて、長くプロレスをしている。あんたが生まれる前よりも、あんたの母さんが生まれる前よりも、たぶんあんたのお婆さんが生まれる前よりもまえからプロレスをしている。

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――なるほど。そんなに長いプロレス歴を誇るマット・クラシックさんですが、来日経験はあるんでしょうか?

もちろんだ!馬場に勝った。力道山にも勝った。おれの歴史はプロレスの歴史だ。猪木を片エビ固めでタップアウトさせたのさ。武道館でもやったし、同じ時に東京ドームでもやった。そんなことも知らないのは恥と思え!

――す、すみません…

ゲラーアウト!!謝ってすむもんじゃない!

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――いやいやそんな。もうちょっとお話を聞かせて下さい。お願いします。

少し言い過ぎたようだな。あんたはまだキッズだからしょうがない。

――では、いままで現役を続けていられるのはその素晴らしい体型があるからこそだと思うのですが、どうやって維持されているのですか?

毎朝3時に起きる。ヒンズースクワットを13.000回、70マイルジョギング、その後に17個の卵、パンケーキ、ワッフル、トースト、それを一気に大きなグラスに入ったビスクイック(ホットケーキミックス)で流し込む。液体のままだ。こうやって炭水化物やプロテインを摂るんだ。最近の若者はプロテインシェイクやサプリメントなんていうものをわざわざ食べたり飲んだりしてるが、そんなものは信用ならん!おれは昔ながらの方法でやる。朝起きたら、こういった物を食べて、それから熊と訓練だ。それが一番。

――え、いま熊って言いました?

ああ、熊だ。というかその話はもういい。次だ。

――ということは、あなたのトレーニングや食事は全てナチュラルということですね。

そんなもん当たり前だろー!おれは木の根っこも食べるぞ。

――日本でも根っこを食べるんですよ。ゴボウとか。

その通り!ジャパン!!(と突然叫び出す)。ミズーリ州ジャパン。そういう名前の小さな町があってな。昔、そこで試合をしたことがあって、その街の人も木の根っこを食べていたぞ。奴らは根っこだけじゃなくて、枝も食べてたな。栄養が詰まってるからな。

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――意味が全然わかりませんが、ところでヒンズースクワットは最高で何回くらいできますか?

あれは1963年のメモリアルデーの週末だったか…。3週間半連続でヒンズースクワットに挑戦したことがあった。その時は175万2000回やったかな。27時間ごとに休憩をとったけど、その休憩の時にアルカセルツァー(炭酸水)とクラッカーを摂っただけだ。とにかく記録を作るのに必死だった。

――ちなみにトイレはどうしてたんですか?まさかオムツ?

その通り。

――どうやって替えたんですか?

交換などせん!おれは男だ。記録を作るのが目的だったから、そんな小さなことは気にしてられん!記録を作るには肉体的よりも精神的に苦痛がある。肉体的な苦痛は自分の糞尿の臭いを嗅ぐだけだ。おれはこの3週間半の苦行を耐えるための準備をしっかりしてきたから、そんな臭いはなんとも思わん。

――あなたのマスクはマスク・ド・スーパースターのマスクにそっくりですが、それは…?

あーその件に関してはこうだ。あの小僧(マスク・ド・スーパースターの中の人)が、おれがアラバマの裏庭でトレーニングをしていた時にやってきて、「ミスター・クラシック。あなたのマスクデザインを使用したいのですが。」と言い出した。そこでおれは「そんな申し出は糞食らえだ!」と言ってやった。そうしたらあの小僧は勝手におれのデザインを真似しやがった。だから少額訴訟を起こしてやったんだ。あいつは$15か$17俺に使用料を払わないといけないのさ。

――え?たったそれだけですか?

本当におれに払ったかどうかわからん。奴に会ったら、おれに連絡するように言ってくれ。おれの電話番号は7389だ。いいか、必ず伝えるんだぞ!

――あなたはいつも若いレスラーに苦言を呈していますが、何か彼らにアドバイスはありますか?

おれはあいつらが大嫌いだ。トサカにきてる。アドバイスだって?「ドント・ドゥー・イット!!(やめてしまえ!!)」 。おれのやってるスポーツを汚すな!おれがスチュ・ハートをトレーニングして、ハート・ダンジョンを作り上げたんだ。ファーマー・バーンズやルー・テーズもおれが育てた。おれが彼らを叩き上げて育てたんだ。彼らはプロレスをリスペクトしている。しかし!今の若い奴らはプロレスに何のリスペクトもない。ゼロだ。そんな奴ら一人一人に練習をつけてプロレスに対するリスペクトを植えつけるには、78年もかかるわ!でも必要とあればやってやる。

――かなり厳しいご意見ですが、若いレスラー達がこのインタビューをウェブサイト上で読んで何か感じ取ってくれるといいですね。

ウェブサイト?ウェブサイトって何だ?

――インターネット上の…

インター?インター何だ?

――はい、では次の質問です。あなたにとって理想のレスラーとは?

おれ自身だ。この大きな胸。この分厚い胸を見ろ。がっしりとしたこの肩。太い腕。今の若い奴らがつけてるようなニーパッドなんか必要ない。パッドなんか付ける意味がわからん。あーそれと最近の若い奴らはあんな小さなタイツなんて履きおって…。へそも隠さずに性的に見せつけることばかり考えてやがる。タイツというのはだな、へそを隠してなんぼのもんじゃ。「シェイム・オン・ユー!(恥を知れ!)」。

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――では最後に、日本のファンにメッセージをお願いします。

最近は日本に行ってないな…。以前は25年連続で行ってたもんだが。あの時はー、メガ・ジャパンプロレスに参戦していた。当時は最高の団体だったんだ。シュウシ・ハラシシが社長だった。まあ今の若い者は知らないとは思うがな。じゃあ、日本のファンにはこう言ってくれ。もし馬場が希望するならば、再戦してもいいぞ、と。もしくは猪木でもいい。タイガーマスクなら初代から7代まで対戦を受け付ける!

――でももう馬場さんは…

俺が馬場と言ったら馬場なんだ!いつでも挑戦は受けるぞ!

――はい(苦笑)ありがとうございました。


滅多に試合を目にすることが出来ない、いにしえの時代から現れた奇跡のレスラー、マット・クラシック。その揺るぎない自信と、プライドに充ち溢れた言葉の数々。これほどまでに素晴らしいレスラーが、あの『プロレススーパースター列伝』に取り上げられていないのが不思議でならない。みなさんも機会があったら是非とも生観戦してみて下さい。ファンならずとも一見の価値はあります。


アメージング・レッド インタビュー


現在はTNAに籍を置くアメージング・レッド。但し昔からのアメリカインディーファンにとっては、初期TNA・XディビジョンやROHで超人的な技を繰り出していたレスラーというイメージが強いはず。ハイフライヤーの先駆けとして一躍アメリカインディー界で注目を浴びたのも束の間、2003年に全日本プロレスにスプリガンとして参戦した際に、右足前十字靭帯に大怪我を負ってしまう。その後復帰をしたものの、再び同じ箇所に怪我を負ってしまい長期欠場を余儀なくされた。その後2年以上のブランクを経て復帰してからは、TNAを中心に活躍。時々東部インディーにも参戦。そんなレッドにICWでの試合後に話を聞きました。

――2000年代前半のアメリカインディーというと、日本ではアメージング・レッドのプロレススタイルを思い浮かべる人が多いと思いますが。

本当?僕のスタイルが?“ショッパイ”レスラーの見本ってことじゃなくて?(笑)

――02年~03年あたりだと、450°や540°という技はごく限られた人しか使えず、特別な技でした。こういった技を初めて見た時には、凄い!と衝撃を受けたものですが、最近は誰でも使えると言っても過言ではありません。あなたはハイフライヤーのパイオニアですが、最近のこのような風潮についてはどう思いますか?

確かに最近は誰でもやるよね。理由は簡単で、やりたいからなんだ。一度始めると、どんどん飛び技を使い続けて、技自体もどんどん高度になっていく。そして他の人がさらに高度な技を出すのを見たら、自分も、と思ってしまう。今はダブルコークスクリューをやる人もいるでしょ?そういうのを見たら、「ワーすげえ!俺もやろう」って思っちゃうんだよね。でも僕の技やスタイルに影響を受けてそういう技を出してくれているのであれば、とても有り難いことだよ。

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――でもかつては、自分の専売特許だったスタイルを皆が始めたことで、焦りやジレンマはありませんでしたか?

正直言って、最初はかなりあった。でも次第に、これは僕のスタイルを認めてくれたからこそ、皆が真似をし始めたんだと思うようになって、光栄な事だと思えるようになったんだ。真似するべき技だと思うから、皆やってくれてるわけでしょ?それに、僕の技を真似したって、全く同じようには出来ないわけだし。だから、僕の技は僕だけの技であって、他の人の技は僕のとは違うその人の技なんだ。例えば誰かがブレインバスターを使ったとしても、橋本と同じようなブレインバスターではないよね?それと同じことだよ。

――なるほど。では、引退の危機に瀕するほどの大怪我をしましたが、その怪我はアメージング・レッドのプロレススタイルに影響を与えたでしょうか?

そうだね。僕は怪我をするまでは、何でもできた。どんな動きも問題なかったんだ。でも最初に怪我をして復帰をしてからは、膝をかばってヘビー級のレスラーみたいな技をよく出すようになった。でもその後にまた怪我をして、2年以上休んで復帰した後は、以前とほとんど同じ技が出せるようになった。まあ怪我をしてからは体重も増えてしまったから、とにかく減量に努めたおかげで、どんな技でも出せるようになったんだけどね。技に限ったことじゃないけど、今はもっと頭も使うようになったから、飛んだり跳ねたりする技ばかり出せば良いってわけじゃないこともわかったんだ。

――手術は全部で何回受けたのですか?

2003年の全日本プロレスに参戦した時に、3週間のツアーの初日に怪我をしてしまったんだ。でもそのままツアーは最終日までこなして、アメリカに帰ってきてから手術をした。半年位リハビリをしてから復帰をして、その後にTNAに行ったんだけど、また怪我をして手術をした。最初の怪我がきっかけで同じ箇所を何度も怪我をしてしまい、その結果何度も手術をすることになってしまった。この時は結局2年近くも休業することになったんだ。

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――2年近くものブランクを経て復帰することは簡単ではないと思いますが。

2回目の復帰は本当にきつかったよ。さっきも言ったけど体重も増えてしまって、190ポンド(86㎏)になってしまったんだ。当時、僕の奥さんが妊娠をしていて、つわりで食べられないことも多かったから、食べる機会も多くてさ…。それから今の140ポンド(63㎏)まで必死で落としたよ。

――それは大変でしたね…。ところであなたのプロレススタイルは、どうやって築き上げられていったのですか?影響を受けたレスラーは?

僕がプロレスを始めた時は、ハルク・ホーガンと123キッドが大好きだったんだ。その後日本のプロレスを見るようになって、まずは獣神サンダーライガーにハマった。それから三沢と小橋だね。彼らの試合はとにかく録画して、テープが擦り切れるまで見たよ。「これがプロレスなんだ!」とか友達に説明しながらね(笑)その後レスラーになって日本へ行く機会に恵まれた時に、とにかく全日本プロレスに行きたいって言ったんだ。当時の全日本と違うことはわかっていたけど、全日本プロレスというのが僕の憧れだったんだ。

――なんだか意外な答えですね。では最後に、日本のファンへメッセージをお願いします。

最後に後楽園ホールで試合をした時には、膝の具合が悪くて全然良い試合ができなかった。本当にショッパイ試合で、ごめんさない!!今は膝の具合も良くなって、皆の前で自信を持って試合をすることができるから、ぜひ日本へ行ってもう一度試合がしたい。場所も団体もどこでもいい。日本のファンに、がっかりさせたままでいたくないんだ。だからすぐにでも日本へ行って、本当のアメージング・レッドを見てもらいたい。その日が来るまで、ぜひ期待して待っていてね!


【文:Shiori】


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